2019年03月25日

9000年前の方が上質な文明であった…先祖は偉大…

IMG_5207.JPG黒曜石やひすいや、コハクは
数千年前から全国流通しているのですが、
その産地の存在を
「誰が知っていて」
「だれの指示で」

「誰が採取して」
「どんな船で」
「誰が運んで」
「誰が加工していた」のでしょう。

上記の質問に応えることが
できたなら
ご先祖さまのことを
原始人扱いをしても許せましょう。

説明できますか。
推理でもいいですよ。

いまと大きくは
変わらない社会構造があったと
みるのが
穏当なところでしょう。

◎私は「わたりのネットワーク」、
「サンカという技術集団」が
その役割を担った、との
仮説から
当時のことを
組み立てているところです。

各地域の首長には
到底でき得ないことです。

●時代はちがっても、
我が「小滝家」は、
その技術者集団を
定期的、周期的に
受け入れてきていました。

ウルシの工芸作家、
鍛冶屋さん、
薬師、
研ぎ師など、
周期的に
移動しては需要に
応えて歩く
専門家集団が近年までおりました。


さあ、おおきな枠組みが
整ってきました。
いい作品ができそうです。

ご先祖たちは偉大です。
posted by 大下伸悦 at 06:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月24日

9000年前の方が上質な文明であった…先祖は偉大であった

黒曜石やひすいやは、コハクや数千年前から全国流通しているのですが、
その存在を「誰が知っていて」「だれの指示で」
「誰が採取して」「どんな船で」
「誰が運んで」
「誰が加工していた」のでしょう。
上記の質問に応えることができたなら原始人扱いをしても許せましょう。
いまと大きくは変わらない社会構造があったとみるのが穏当なところでしょう。
◎私は「わたりのネットワーク」、「サンカという技術集団」がその役割を担った、との仮説から当時のことを組み立てているところです。
時代はちがっても、我が「小滝家」は、その技術者集団を定期的、周期的に受け入れてきていたからです。
さあ、おおきな枠組みが整ってきました。いい作品ができそうです。
posted by 大下伸悦 at 16:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月23日

昔も今も、ワインは猿でもつくる

海岸線を歩くと
崖の合間合間に山ぶどうが
自生しておりました。

小学4年ぐらいのときでした。

ぶどう酒(ワイン)をつくって
お客さまに出そう、と思い、
ぶどう狩りに行ったのです。

秘めごとを決行するので
ひとりで行きました。(笑

ひとりというのは
怖いものです。

しかも何も知らずに
造るのです。

最初の年のものは
変な匂いがしてきたので
捨てました。

ワインなんて
飲めません。
うまくいっていたのかも
知れません。

なんだか怖くなって
2年目は
山ぶどうジュースに
しました。(笑

9000年前にも
つくっていないわけが
ないのです。
山ぶどうは何処にでも
生えています。

注ぎ口のある
注口器が使われています。

飲食の基本は
当時もいまも何も
変わりません。

むしろ、いまの方が
添加物がある分、
劣化しているでしょう。

ワインは、当時から
猿でも
つくっていたはずですよ。
小学4年の私よりは
頭がいいのですから…。
posted by 大下伸悦 at 01:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

昔も今も、ワインは猿でもつくる

海岸線を歩くと
崖の合間合間に山ぶどうが
自生しておりました。

小学4年ぐらいのときでした。

ぶどう酒(ワイン)をつくって
お客さまに出そう、と思い、
ぶどう狩りに行ったのです。

秘めごとを決行するので
ひとりで行きました。(笑

ひとりというのは
怖いものです。

しかも何も知らずに
造るのです。

最初の年のものは
変な匂いがしてきたので
捨てました。

ワインなんて
飲めません。
うまくいっていたのかも
知れません。

なんだか怖くなって
2年目は
山ぶどうジュースに
しました。(笑

9000年前にも
つくっていないわけが
ないのです。
山ぶどうは何処にでも
生えています。

注ぎ口のある
注口器が使われています。

飲食の基本は
当時もいまも何も
変わりません。

むしろ、いまの方が
添加物がある分、
劣化しているでしょう。

ワインは、当時から
猿でも
つくっていたはずですよ。
小学4年の私よりは
頭がいいのですから…。
posted by 大下伸悦 at 01:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月22日

驚くなかれ、あなたの存在の大きさ

17日の東京での講演は
少なからず
衝撃的な内容だったでしょうね。

リクエストを受けて
大阪では4月21日にエル大阪で
行います。

私は小学5年の頃から
黒曜石の原石を加工して
ナイフを作っていました。

専用の洞窟も
独り占めして使っていました。
黒曜石は豊富に
ありました。

洞窟は縄文の頃そのまま
だったのです。
大津波の襲来が
あったのでしょう。

日本書記や
大祓詞に歴として
載っている
偉大なくに「ひたかみ」は
何処にあったのか。
いや、あるのか。
やっと突き止めました。

すると
アマテラス神の源流は…。

勾玉は凡そ6000年前から
現物が顔を出しました。
すると…?

祈りのひとの源流は…?

それにしても
ひたかみ、の人口の多さよ。

いにしえのこのくに…?
ハイ、とてつもない文明でした。

あなたはとてつもない
存在です。
posted by 大下伸悦 at 12:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月21日

関東のみなさま、ごめんなさい。先に関西4月21日です。

フル回転で17日からの
東京のスケジュールを
こなし、
戻ってきました。


17日の講演はリクエストが
殺到しております。
肝心な締めの部分の上手な生き方のワークがはしょられてしまいました。

もうひとりの講演の方をお目当てに
来られた方は
3名のみでしたが、

主催の池崎さんの
人選は、さすが、確かでした。

海底に沈んでいる
完璧なかたちの
ピラミッドの映像には
みなさま驚いて
おりましたね。本邦初公開かな?
エジプトのピラミッドやシュメールのジッグラッドより更に9000年は古いでしょう。
中米のピラミッドは日本の古代のものに酷似しています。
しかし、はるかに新しいものです。
祭壇に向かう階段も
見事でしたね。

17日、自分が
何者であるのか、
はっと気付かれた方には、
続きを
急かされるのでしたが…。

執筆を急がなければ
いけません。

4月は21日に
大阪.エル大阪会場で
講演いたします。
posted by 大下伸悦 at 10:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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フル回転で17日からの
東京のスケジュールを
こなし、
戻ってきました。


17日の講演はリクエストが
殺到しております。

もうひとりの方をお目当てに
来られた方は
3名のみでしたが、

主催の池崎さんの
人選は、さすが、確かでした。

海底に沈んでいる
完璧なかたちの
ピラミッドの映像には
みなさま驚いて
おりましたね。

祭壇に向かう階段も
見事です。

自分が
何者であるのか、
はっと気付かれた方には、
続きを
急かされるのでしたが…。

執筆を急がなければ
いけません。

4月は21日に
大阪.エル大阪会場で
講演いたします。
posted by 大下伸悦 at 10:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月16日

縄文5

posted by 大下伸悦 at 17:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月13日

さあ、停滞のときを突き抜けよう


気が付けば久しぶりの関東行きまであと数日です。3月17日、飯田橋の東京大神宮のご神域の一画でお会い致しましょう。「現実を夢をいだいてしかし、しなやかにしたたかに上手に生き抜いていく…。」
現実に根差し、しかし今日を明日を生きていく夢は大きく膨らんでいくことでしょう。
おおした







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posted by 大下伸悦 at 19:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月11日

あなたは魂を抜き取られていませんね.

私たちの「美とほほえみと和みの文明」は、
うるし(漆)で
しなやかさと
繊細さと
強さと
色調の多彩さを
表現してきた。昭和平成の匠たちであってもつくれないという超高度な工芸レベルの「いにしえびと(祖先)」は、「縄文時代?縄目⁇ 何だそれ」、と
いぶかしがるでしょうね。
下の写真は、樹からうるしの樹液を
採取する容器…。樹液が器の外に付着した「縄文期」の異物です。
次の写真は、うるし塗装の写真に「いにしえ人の指紋」が付着している器の写真です。
私のいにしえの
おじぃちゃまかも…。

あなたは化繊の布の衣装ですね。いにしえは、高度なうるし技術を駆使した
植物繊維の衣装でした。当時のほうが豊かでした。この器の薄さと造形美は、私たちのご先祖の「ほほえみと美と雅(ミヤビ)さ」を表徴しています。私たちは、とんでもない文明の継承者なのです。



















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posted by 大下伸悦 at 00:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月09日

3月度幸塾/夢をもって楽しく生きる会通信(抜粋)

2019年3月.幸塾/夢をもって楽しく生きる会通信(抜粋)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−◎東京の地価の上昇がすごいですね.バブル期をはるかに凌駕しております。
東日本大震災&放射能拡散から8年…。
「みんな、東京から逃げろ!」などといった大騒ぎは、どこへ行ってしまったのでしょう。
世界中からの観光客が爆発的に増えています。
日本の農産物輸出は、「6年連続史上最高額」を更新中です。
◎世界のなかで日本だけが盤石の経済運営をしているのですよね。
◎まもなく、126代目の天皇が即位なさり、新しい御代となるのですが、諸外国人はキョトンとなさるのだそうです…。
特に米国人は「自分は、かろうじて2代前の祖父母まで知っている程度」なのに、
この地球上に「1679年も続く夢のような国家」があるとは…、と憧憬の念を抱くのだそうです。
実は最近、2万年前の膨大な人骨群が出現し、16500年前の壺も出てきております。
3万2千年前の人骨も出土しております。
日本は、12600年前の超高度な漆塗りの着衣の一部は福井から…、
9000年前の4重仕掛けの華麗なツボも函館から出てきております。
私たちは、少なくとも2万年は続く「飛びぬけた文明」、しかも、
「美とほほえみと、なごみの文明の継承者」なのです。
世界の四大文明といってもせいぜい4千年〜5千年です。しかも例外なく滅びの文明なのです。すべて砂漠化させてしまったではないですか。
◎私が小さい頃は、来日した外国人から「謎のほほえみの国」と言われるので、
「むやみに笑わないように…」という報道によく出くわしました。(笑
私たちのご先祖が築き上げてきた文明はどうですか。
しかも、文明の証の90%は、いまだ海底の大陸棚に眠っているのです。海面が120b下だったからです。
女性の美の謳歌と、ほほえみは平和の象徴なはずです。
◎日本には世界一古い会社がいくつもあります。しかも、このところ100年以上続く長寿の会社が、毎年1000社以上増え続けているというのですから驚きます。(毎年1万社という話もあります)
出土するツボも櫛もかんざしも、言葉巧みに作り話を並べるものとは違います。しかも科学的な測定結果です。
厳然とした「歴史の証拠物」なのです。
◎さて、どの国の政権であろうと、最も優先しなければいけないのは、
「国民の失業率を最低にすること」です。生活費がなければ、犯罪や暴動が起きます。
現在の日本はどうですか。むしろ、「募集しても応募者が来ない」といった状況です。
隣国の共産チャイナとコリアは、どうですか。チャイナは共産独裁国です。国民の選挙で選ばれるわけではありません。
暴動を起こしそうなとき、彼らは、外国に植民させてしまうのです。
その対象が日本、というのでは最悪です。
いま公立高校の生徒の半分がチャイニーズ、というところが出てきています。
迷惑な話です。
コリアも、結局は日本に働きに出るでしょう。
来るなと言っても、密入国で入ってきているのです。(特にチャイナ・北コリア)
◎米国が日本に戦争を仕掛けたのも、深刻な失業対策として、
戦争特需を作るためだったということが、今頃になって知られてきています。
日本は、自衛する、という選択しかなかったでしょう。
おめおめと「日本も遅れて植民地の仲間入り」というわけにはいかなかったのです。
あのマッカーサーが「日本は自衛のために蜂起した」と米国議会で証言しております。
しかも日本が争ったのは、東南アジアではありません。
英国やオランダなど白人の植民地支配国と、です。
米国は、日本が降伏をしたというのに、ソ連へ武器を供与して日本進攻を促したというのです。
北海道を分断してしまう作戦だったというのに、私たちの先祖の意識が高かったのですね。
ご先祖さまに感謝、感謝です。
◎それにしても「募集費を掛けても応募者が来ない」、「来ないから会社をたたむ」というのは、いただけないですね。
チャイナ・コリアは、GHQの仕掛けに乗った「日本解体工作をしてくる」のでなるべくそこからの雇用は「やめてくれ」と言いたいだけです。
東南アジアの若者は、少し前の日本と同じ、稲作民/漁村民の子供たちで、素直です。器用で働き者です。
仲介業者に借金漬けにされて苦しむことのないように、その点、気を付けさえすればいいのではないでしょうか。
私たちの先祖は、「東南アジアよ、植民地から解放されよ!我々で共栄圏を築き上げていこう!」と約束していたのです。
ASEANは、日本を尊敬しております。インドもミャンマーも…。
どうぞ、しなやかにしたたかに、相互に依存しあう共栄圏をつくってまいりましょう。
入国管理法は、毎年でも手直ししていく必要があります。
去年までも、毎年たくさんの人が「なし崩し」で日本に入国してきていたのですから、法律は手直しし続けなければなければならないでしょう。
生じる問題を是正し続けていくのがおかしいという方が、間違っているのではないでしょうか。
ネットではここまで…
posted by 大下伸悦 at 11:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月07日

沈黙のムー文明(誤字訂正)正「想像」.誤「創造」

◎沈黙のムー文明
ユーラシア大陸のある地域の人たちにとって「憧れの文明圏が太平洋上にあった」という事実は、忘却しがたいものだったのでしょうね。その文明が「海に沈んだ」。
それは、「1万2千年前まで存在した」。「ムー」と呼ばれていた。「太平洋の中心部にあった」。「大陸」と認識されていた。
上記の話は、英国のチャーチワードさんから始まったのでしたね。 欧米人は、日本やインドの精神性に触れては強烈な衝撃を受けるのですよね。
 2679年も続く天皇制国家というのも想像を絶する世界の話しなようです。                                                                               
来年の、日本書紀編纂1300年紀を直前に控え、上手な生き方探求へと更に磨きをかけていきたいと思います。                                            
 3月17日の講演を前に、石垣島の大量の人骨発見情報から、「ムー文明」に関する考察の必要があって、本日、新著執筆の備忘録として掲載しておきます。
◎さて、「ムー文明」は現実に存在していたのでしょうか。以下、私の考察(備忘録)です。
1.太平洋上にあったというのだから、ユーラシア大陸とは海で隔てられた文明圏であった。                                          (海で隔てられているという前提=太平洋上にあった)
2. 太平洋上に中心的(求心的)文明圏があって「大陸ムー」として伝わっていた。
3.「この2万年間は、地形に大きな変化はない」(これは事実)※2万年前は海面が120b下であった。(事実)         ※2万年前から「海面上昇」が始まった。(事実)
◎ここで視点を替えてみます。
※いままでの陸地の一部に海水が流れ込んで「大陸棚の一部」と認識されるようになった。 
「日の本」の陸地の北側の陸地をいまは「海峡」と呼んでいる。
※九州側の陸地にも海水が流れ込んで「いくつかの陸地が島となってしまった」。 そこでその陸地を「つしま・いきのしま・五島」というようになった。 2万年前は島ではない。この島名は、島になってからのものだということになる。その島名は「1万5千年」をさかのぼることはない。 (1万5千年前が海面上昇のピーク)
C現在の沖縄の地は、過去、「石の文明」だったとみられる。現実に、いまも海面下に階段ピラミッドを目視できる。(事実) 
この沖縄の陸地にも海面が上昇してきた。(資料は3月17日にお見せします).
※現シベリアと「ひのもと」が海で隔てられることとなったのは、約1万3千年前である。
※約5000年前には、海面上昇がピークなり、現在の海面より5〜10b上昇した位置にあった。
青森の「三内丸山」は海面上昇に押されて、ご先祖から見れば125bも高い位置に拠点を築くこととなった。
※沖縄圏も、東日本圏も、そして西日本圏も、共に海洋文明圏であって、生活に必需の基本材の交易ネットワークが築かれていた。
D現在の認識巨大な石の建造物が「現に実在している」。「沖縄は偉大な文明圏」であったことは事実。あの階段ピラミッドだけでも十分である。(1人でも100人掛かりでも造れない)
E1万3000年から1万4千年前のある時期、一気に海面が上昇して「文明拠点の大半が海面下に没した」。陸地を海が覆ってしまった。それを見聞きした人々は「沈んだ」という。海面上昇に、大噴火と大津波が重なったかどうかは、まだ調査中。
※文明は、前記の年代以前に隆盛を極めていた、ということになる。
石の文明の遺跡は、太平洋上の国々に広範な広がりを持っている(これも事実)。
現在の海面から120b低い位置で浮上する陸地を見ながら論じる必要がある。
※石垣島からおびただしい人骨が出土した。出土してからまだ数年しか経っていない。折り重なるようになって亡くなられている。
まだ確定はしていないが、2万年に近いという情報もある。
※太平洋上に、ユーラシア大陸の人たちが「憧れるほど豊かな文明圏」があったのであれば、太平洋に浮かぶ中心的な存在を「真ん中にあった」と表現したとしても決して誤りとはいえない。
※「偉大な文明」に対する思いは、「ムー」が国名と認識されていなかったならば「超大国」の代わりに、「大陸」という表現として膨れ上がったとしても、ほほえましいと言っていいのではないか。
※さて、沖縄がムー文明(環太平洋連合)の中心核であったかどうかは、いまはどちらでもいい…。(ミュウといわれていたというのもどちらでもよい)----------※「ひのもと文明」と同じかどうかについても見解は控えておきます。が、海面下120bの位置での陸地関係をみれば「一緒なんだ」ということが得心できるでしょう。
※海洋に生きる人々の共通性、そして、海流の流れで繋がっています。
※全国から人骨がどんどん出土しだしております。DNAの鑑定で瞬時につながりがわかる時代です。憶測や権威がまかりどおる時代ではなくなってきております。
しかし、「ムー」にしても、「ひのもと」にしても、文明を証明する証拠品は、その9割以上が海の底に保存されています。
ムーが「くに」をさすのか、広域の文明圏の呼び名なのかは、いまはまだわかりません。しかし、少なくとも沖縄はムーそのものです。
※チャーチワードさん、ありがとう…。
おおした(2019年3月6日)

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posted by 大下伸悦 at 06:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月06日

沈黙のムー文明

◎沈黙のムー文明
ユーラシア大陸のある地域の人たちにとって「憧れの文明圏が太平洋上にあった」という事実は、忘却しがたいものだったのでしょうね。その文明が「海に沈んだ」。
それは、「1万2千年前まで存在した」。「ムー」と呼ばれていた。「太平洋の中心部にあった」。「大陸」と認識されていた。
上記の話は、英国のチャーチワードさんから始まったのでしたね。 欧米人は、日本やインドの精神性に触れては強烈な衝撃を受けるのですよね。
 2679年も続く天皇制国家というのも創造を絶する世界の話しなようです。                                                                               
来年の、日本書紀編纂1300年紀を直前に控え、上手な生き方探求へと更に磨きをかけていきたいと思います。                                            
 3月17日の講演を前に、石垣島の大量の人骨発見情報から、「ムー文明」に関する考察の必要があって、本日、新著執筆の備忘録として掲載しておきます。
◎さて、「ムー文明」は現実に存在していたのでしょうか。以下、私の考察(備忘録)です。
1.太平洋上にあったというのだから、ユーラシア大陸とは海で隔てられた文明圏であった。                                          (海で隔てられているという前提=太平洋上にあった)
2. 太平洋上に中心的(求心的)文明圏があって「大陸ムー」として伝わっていた。
3.「この2万年間は、地形に大きな変化はない」(これは事実)※2万年前は海面が120b下であった。(事実)         ※2万年前から「海面上昇」が始まった。(事実)
◎ここで視点を替えてみます。
※いままでの陸地の一部に海水が流れ込んで「大陸棚の一部」と認識されるようになった。 
「日の本」の陸地の北側の陸地をいまは「海峡」と呼んでいる。
※九州側の陸地にも海水が流れ込んで「いくつかの陸地が島となってしまった」。 そこでその陸地を「つしま・いきのしま・五島」というようになった。 2万年前は島ではない。この島名は、島になってからのものだということになる。その島名は「1万5千年」をさかのぼることはない。 (1万5千年前が海面上昇のピーク)
C現在の沖縄の地は、過去、「石の文明」だったとみられる。現実に、いまも海面下に階段ピラミッドを目視できる。(事実) 
この沖縄の陸地にも海面が上昇してきた。(資料は3月17日にお見せします).
※現シベリアと「ひのもと」が海で隔てられることとなったのは、約1万3千年前である。
※約5000年前には、海面上昇がピークなり、現在の海面より5〜10b上昇した位置にあった。
青森の「三内丸山」は海面上昇に押されて、ご先祖から見れば125bも高い位置に拠点を築くこととなった。
※沖縄圏も、東日本圏も、そして西日本圏も、共に海洋文明圏であって、生活に必需の基本材の交易ネットワークが築かれていた。
D現在の認識巨大な石の建造物が「現に実在している」。「沖縄は偉大な文明圏」であったことは事実。あの階段ピラミッドだけでも十分である。(1人でも100人掛かりでも造れない)
E1万3000年から1万4千年前のある時期、一気に海面が上昇して「文明拠点の大半が海面下に没した」。陸地を海が覆ってしまった。それを見聞きした人々は「沈んだ」という。海面上昇に、大噴火と大津波が重なったかどうかは、まだ調査中。
※文明は、前記の年代以前に隆盛を極めていた、ということになる。
石の文明の遺跡は、太平洋上の国々に広範な広がりを持っている(これも事実)。
現在の海面から120b低い位置で浮上する陸地を見ながら論じる必要がある。
※石垣島からおびただしい人骨が出土した。出土してからまだ数年しか経っていない。折り重なるようになって亡くなられている。
まだ確定はしていないが、2万年に近いという情報もある。
※太平洋上に、ユーラシア大陸の人たちが「憧れるほど豊かな文明圏」があったのであれば、太平洋に浮かぶ中心的な存在を「真ん中にあった」と表現したとしても決して誤りとはいえない。
※「偉大な文明」に対する思いは、「ムー」が国名と認識されていなかったならば「超大国」の代わりに、「大陸」という表現として膨れ上がったとしても、ほほえましいと言っていいのではないか。
※さて、沖縄がムー文明(環太平洋連合)の中心核であったかどうかは、いまはどちらでもいい…。(ミュウといわれていたというのもどちらでもよい)----------※「ひのもと文明」と同じかどうかについても見解は控えておきます。が、海面下120bの位置での陸地関係をみれば「一緒なんだ」ということが得心できるでしょう。
※海洋に生きる人々の共通性、そして、海流の流れで繋がっています。
※全国から人骨がどんどん出土しだしております。DNAの鑑定で瞬時につながりがわかる時代です。憶測や権威がまかりどおる時代ではなくなってきております。
しかし、「ムー」にしても、「ひのもと」にしても、文明を証明する証拠品は、その9割以上が海の底に保存されています。
ムーが「くに」をさすのか、広域の文明圏の呼び名なのかは、いまはまだわかりません。しかし、少なくとも沖縄はムーそのものです。
※チャーチワードさん、ありがとう…。
おおした(2019年3月6日)

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posted by 大下伸悦 at 05:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月02日

ご先祖が突きつけてくるもの

私たちは
偉大なご先祖たちの文明の
継承者です。美とほほえみと和みの文明です。プライドを持って、
しかし謙虚に、
夢をもって
楽しんで
生きてまいりましょう。和みの文明は、
女性が
美的表現と創造を
謳歌している文明でした。母性愛に
包み込まれた文明でした。写真は私の地元の
3600年前の
女性が身につけていた
翡翠(ひすい)の
ブレスレットです。私たちには
つくれません。
手づくりだからです。超高度で
みやびな文明です。
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※現人類の起源は10万年前(アフリカ)だ、というのですよね。(現人類=ホモサピエンス) ◎日本では12万年前の石器が出てきていて、正式に周知されています。日本の方が古いのだから、すぐに改めさせなさい。 「アフリカから日本への移動へも広がっていった?」それは間違い…。すぐに改めなさい。
人類の起源は日本だ、というつもりはございませんけれど…ね。

◎次に「旧石器時代と新石器時代」という分類 ◎旧石器時代は1万年前までであって、1万年前以降は新石器時代(磨製石器出現)というのです。(考古学の分類)
※日本からは、3万年前の磨製石器が出土し、正式に認知されています。(群馬・岩宿遺跡) 
◎2万年前には「米・粟・麦・稗」の栽培は為されております。
16500年前の漆加工品の実在は、既に「えごま」が栽培されていることを意味します。
えごまは漆加工には不可欠で、ベンガラの加工技術も高度です。

◎9000年前の「超高度な漆塗り製品(壺や皿など)」が登場しております。
現代人は、当時の漆加工技術には追いつけません。高度で精巧過ぎるのです。
研究者がうまくいかなくてお手上げをしました。しかも初歩的な段階で、です。
※縄目の紋?縄文?まだそんなことをいっているの?でも「響きがいいから許す」。
出土する内容が劇的に変わっているのです。柔軟に現実対応をなさってください。 ※「ひょうたん」と、「豆」も広域で出現していますよ。当然、栽培植物ですよね。 ◎シュメール文明も、四大文明も、はるかに後の時代の話しです。
◎古日本文明はともかく高度です。 ◎文字・数字は?まぁまぁ、先を急ぎなさるな。ふふふ
おおした※謙虚であれ!しかし正しく認識しなければ、ご先祖否定をすることになる。
先祖を否定するということは、自己否定をすることを意味する。
posted by 大下伸悦 at 17:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月01日

謙虚であれ.しかし正しく認識しなければ、ご先祖否定をすることになる。

※現人類の起源は10万年前(アフリカ)だ、というのですよね。(現人類=ホモサピエンス) ◎日本では12万年前の石器が出てきていて、正式に周知されています。日本の方が古いのだから、すぐに改めさせなさい。 「アフリカから日本への移動へも広がっていった?」それは間違い…。すぐに改めなさい。
人類の起源は日本だ、というつもりはございませんけれど…ね。

◎次に「旧石器時代と新石器時代」という分類 ◎旧石器時代は1万年前までであって、1万年前以降は新石器時代(磨製石器出現)というのです。(考古学の分類)
※日本からは、3万年前の磨製石器が出土し、正式に認知されています。(群馬・岩宿遺跡) 
◎2万年前には「米・粟・麦・稗」の栽培は為されております。
16500年前の漆加工品の実在は、既に「えごま」が栽培されていることを意味します。
えごまは漆加工には不可欠で、ベンガラの加工技術も高度です。

◎9000年前の「超高度な漆塗り製品(壺や皿など)」が登場しております。
現代人は、当時の漆加工技術には追いつけません。高度で精巧過ぎるのです。
研究者がうまくいかなくてお手上げをしました。しかも初歩的な段階で、です。
※縄目の紋?縄文?まだそんなことをいっているの?でも「響きがいいから許す」。
出土する内容が劇的に変わっているのです。柔軟に現実対応をなさってください。 ※「ひょうたん」と、「豆」も広域で出現していますよ。当然、栽培植物ですよね。 ◎シュメール文明も、四大文明も、はるかに後の時代の話しです。
◎古日本文明はともかく高度です。 ◎文字・数字は?まぁまぁ、先を急ぎなさるな。ふふふ
おおした※謙虚であれ!しかし正しく認識しなければ、ご先祖否定をすることになる。
先祖を否定するということは、自己否定をすることを意味する。
posted by 大下伸悦 at 13:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする