2019年10月17日

8000年前に美と共に生きていた

●昨日の「福井,鳥浜遺跡」は、12,000年前からの遺跡で、ヒョウタンや緑豆,えごま,ゴボウ,椰子の実などがでているのですね。

●南九州から出土の燻製施設も興味深いです。
しかし、鹿児島は大噴火が多いですね。

◎30,078年前に起こった鹿児島の
「姶良(アイラ)カルデラ噴火」は、

火山灰が北海道にまで達していることが確認されているといいます。

この噴火は「直近3万年間」では
最大級の噴火とされています。

(地図で探すと鹿児島市の隣に
姶良市..)

◎地球史の物差し「水月年縞」からは、更に古い 49,974年前の
「阿蘇山大噴火」も読み取ることができます。

◎いずれもこの国土が大陸であった頃の超大規模噴火です。

このふたつの噴火の頃の
我らが国土は、
ユーラシア大陸の最東端に、弓状に
張り出した恵まれた大地でしたね。

海を120b下げたところが陸地だった..。すなわち現在の
大陸棚が大河をともなう平原だったのです。

氷河期といえど、豊かな森林が広がっていたことは
仙台の「地底の森遺跡」に立ってみれば実感できます。

昔もいまも食べ物に困らない肥沃な大地なのです。

何しろ、いまでも世界3大漁場のひとつといわれる豊富な魚介の
宝庫が、当時から拡がっているのです..。

我らが大地は
大陸そのものであったのですが、
とてつもない大噴火に遭遇したのであれば、
当時の鹿児島や熊本、宮崎からは
避難せざるを得なかったことでしょう。

尚、この噴火は、
いざなぎ.いざなみ尊の
登場以前の
出来ごとです。

◎温暖化が進むと、海水面が
上がってきちめ、
我らが大地は、大陸から自立して
列島の形をとり始めたのです。

◎更にすごいのは、鹿児島沖の「鬼界カルデラ大噴火」は7253年前でしたね。

●鹿児島の上野原遺跡をみると、
魚の燻製施設が出来ていて、
大型の甕(カメ)が無傷で
残されでいます。
当時は最先端の、洗練された
文化圏だったのです。

揚子江方面、韓半島、北米中南米へと移動して行った、という説を
唱えるひとがおります。
NHKでもそういう特番を組んだそうですね。

◎あぁ、我らが先達は、美とほほえみと、和みの文化を育んでこられた人たちなのです。

●冒頭の福井では、8,000年前に
すでに「漆塗りのお櫛」を
身につけていらしたのです。

8000年前といえば、地球史において
シリアで農耕が始まったばかりだと
いわれていた時期なのでしたね。

「漆塗り」は超弩級の文明の証しなのです。

◎私たちは、美と和みに生きていかなければ、
ご先祖さまに申し訳ない....。
posted by 大下伸悦 at 16:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする